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ガラス始まりとミニ歴史

あまりにも身の回りに当然のようにある“ガラス”ですがその歴史は 紀元前24世紀以前 エジプト及びメソポタミアの遺跡から発見されたガラス玉が世界最古のガラスと言われており、その誕生は紀元前24世紀にさかのぼるといわれています
古代ローマの博物学者プリニウが「その昔、天然ソーダの商人が砂地にソーダの結晶でかまどを作って火をたいたとき、偶然ガラスができた」という話を伝えています。これがソーダガラスの始まりです。

紀元前16世紀頃 ガラス器の始まり
この頃、耐火粘土型の外側に溶けたガラスを巻きつけて作るコアグラスでした。不透明な色ガラスで、主にエジプト・メソポタミアで作られ、宝石のように高価なものだったといわれています

紀元前後頃 一大革命
ローマ時代になると鉄パイプによる吹きガラス成形が開発され、さまざまな形のガラス器が数多くつくられガラス生産を大きく前進させました。このローマングラスの時代には、やや透明なガラスもできるようになったそうです。

華やかな装飾のはじまり
ベネチアングラスはイスラムグラスの技法を受け継いで、色ガラス、エナメル彩色、レース・グラス、万華グラスなど華やかな装飾と高度なガラス工芸技術が、ベニスで開花しました。

日本へのガラスの伝来
はるばるシルクロードや北方ルート、南方海路などを経て伝来し、弥生時代の遺跡から発見されたガラス玉が日本最古のガラスと言われています

飛鳥・奈良時代
ガラス玉などが作られるようになりました。この頃のガラスは「琉璃」と呼ばれていました。しかし、平安時代にはその技法は絶えてしまい600年余の空白の時代となります。

無色透明ガラスの発明
ボヘミア地方ではソーダ灰のかわりにカリ分の多い木灰に酸化マンガンを消色剤として加え、良質の無色透明なボヘミアンガラスを作ることに成功しました。

鉛クリスタルの発明
イギリスではソーダ灰のかわりに酸化鉛を加え、完璧に近い無色透明で、しかも美しい輝きのクリスタルが発明されました

長崎ガラス
長崎にポルトガルやオランダの製造技術が渡来し、本格的にガラス製造がはじまりました。この頃の呼び名は「びいどろ」(ポルトガル語)や「ぎやまん」(オランダ語)でした。

江戸切子
江戸びいどろ細工の花が咲き誇った時代です。碗・かんざし・くしなどが作られましたが、特に本格的カットを施した重箱・皿・鉢などは有名です。

薩摩切子
薩摩藩主、島津斉興が江戸のガラス工人を招いて作らせたのが始まりですが、その出来ばえは当時のヨーロッパのものと比較しても勝るとも劣らない素晴らしいものでした。

近代
明治9年、政府による官営工場品川硝子製造所が開設され、明治35年以降には硝子器のメーカーが次々と誕生しました。

クリスタルガラスのお手入れ方法

グラス関連(ワイングラスなど)

◆食器用中性洗剤を溶かしたぬるま湯に浸し、スポンジかやわらかい布でていねいに洗ってください。
◆内側を洗うときは、ひねり洗いや足の部分を持ってふくのは避けてください。                            
(ワイングラスなどは脚が細く折れやすいためまた柄つきのスポンジなどをご使用ください。
◆拭き取りは、きれいなぬるま湯で充分にすすぎ、乾ききらないうちに、ガラスを
包むようにやわらかな布で水気をよくふき取ります。
◆落ちにくい汚れは、レモンの切れ端などでこすると落ちやすくなります。

食器洗い乾燥機は避けてください

食器洗い乾燥機でクリスタルのグラスを洗うと、徐々に変色して表面が白く濁ってしまいまう事があります。

◆食器洗い乾燥機の専用洗剤

要因として、食器洗い乾燥機の専用洗剤があげられます。一般の台所洗剤の多くが中性であるのに対し、食器洗い乾燥機専用洗剤はアルカリ性。洗剤の成分と洗浄時の高温の影響でクリスタルガラスの表面を侵食し、素材そのものを変質させてしまう事があります。残念ながら、変質してしまったものは、元に戻すのは不可能です。

◆水の成分

次に水の成分によるもの。一般に水の中にはH2O以外に様々な金属イオンが溶け込んでいます。これらの成分が、グラスに付着して白く濁って見えることがあります。手洗いと違って、食器洗い乾燥機は水滴が垂れる間もなく高温で乾かすので、成分がグラス表面に残って目立つと考えられます。

クリスタル楯やトロフィの場合

グラス関連と同じです。合わせてクリスタルは傷が付きやすい為ぶつけたりしないように丁寧に扱ってください。汚れや手脂をとるときは、めがね拭きのような布で丁寧に汚れを落としてください。そのときも布に汚れがついていないかなどよくチェックしてからお願いいたします。

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